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第四話 鋼鉄の花嫁と第二王子

last update Last Updated: 2025-11-03 08:00:55

ミハエルはラリアを起こすと強制的に連れて行く。目を覚ましたラビリンスと話したい気持ちを抱えながらも、彼の言う事を聞くしかなかった。丁寧は口調の割りには相当怒っているように見える。置いてけぼりにされたミハエルは二人が親密になる事を邪魔するように態度を荒々しく表現していった。

「ミハエル? 怒っているのか?」

「……」

「おい……」

ここまで怒っている彼を見るのは初めてだった。寝ている状態のラリアを起こす事なく抱きかかえ、ここまで来た。ラリアの知っているミハエルとは遠く違って見える。疑問を残しながらも、この空間から逃れたい気持ちが膨れ上がってくる。ラビリンスと会話の続きをしたかった、ただそれだけだった。

沢山の表情と背景を隠し持つ第四王女に興味を抱かないはずがない。ラリアは勿論、ミハエルにも言える事だろう。彼は知らない一人の女性を巡り、長年継続していたこの信頼関係が音を立てて崩れていく事実をーー

廊下は思ったよりも広く、静かだった。すれ違う人は殆どいない。そんな二人に自分の存在を見せつけるように一人の女性が前から歩いてくる。白い髪を靡かせながら楽しそうに微笑んでいる存在は美しい青色のドレスを着ている。宮殿にいると言う事は立場のある人なのだろう。そう想いながら気づかれないように隠れるように見ていた。

「ご機嫌よう」

抱きかかえられていたラリアは自分達に向けての言葉だと知ると、ミハエルから逃れるように体制を整えていく。王子と言う立場上、こんな情けない所をこれ以上、見られる訳にはいなかいと考えたのだ。

「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。私はゲルツシュタイン帝国の第二王子ラリアと申します。よければ貴女様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

彼にとっては恒例行事。それでもスマートに見える彼の姿にトキメかない女性はいないだろう。ミハエルは「またか……」と心の中で呟くと誰にも気づかれないように肩を下ろした。同盟国と言えど元々は敵同士だった2つの国の事情を考えての事なのは理解出来るが、こうやって女性達をたらし込んでしまうラリアに頭を抱えてしまう。

そんな彼の気持ちに気付く事もなく、外出用の表情を作っていく。王子としての役割を努めようとしているラリアは女性の言葉を待っていた。ただ挨拶をしただけなのに、勝手に名乗り名前を提示する事を要求していく彼に対して、女性はただ笑みを零すだけだった。

「……妹がお世話になりましたわ」

無言が続いていた中でようやく聞けた言葉は意外なものだった。微笑みで作られていた表情がスッと冷静さを引き出していく。

「貴方様は恩人ですものね。私の名前はサイレンス・メルゲルと申します」

「……!!」

その名前を聞いて自分のしてしまった事に気づいた。立場はあると思っていたが、まさかミルダント王国第一王女サイレンス・メルゲルだとは思わなかった。鋼鉄の花嫁と呼ばれるサイレンスは捕虜として捕まえた敵国ロウゲイツ帝国の王子を自分の婚約者として添え起き、ロウゲイツ帝国の権力と爵位を手に入れ、帝国を滅亡まで追いやった人物として有名だ。彼女が示す妹とはラビリンスの事を指している。

外見からは確認しようのない激情を隠し持つ正体不明の存在。サイレンスが表に出る時はいつも別人のように見えるのが特徴だった。彼女は誰よりも優秀な変装をし、欲しい情報の為ならどんな手段も選ばない。そんな人物がラビリンスの姉だとは、驚くしか出来ない。

「綺麗なお顔が霞みますわよ? そんなお顔をなさらないで」

サイレンスは甘ったるい声を演出しながらラリアの頬に手を伸ばそうする。今まで感じた事のない重圧と恐怖に身動きが出来ないラリアがいた。二人の様子を見ていたミハエルはラリアを庇うように二人の間に割り込んでいく。

「あら……貴方」

彼女の瞳に映る事のなかったミハエルは現在の自分の立ち位置を確認しながら、サイレンスを言葉で抑えていく。二人の間に流れるのは冷たさを孕んだ冷酷な風。それは全てを過去へと飛ばし、あの時とサイレンスとミハエルを写していくーー

あれは四年前になる。ラリアと出会う前の話だ。ミハエルは滅びゆく自国の姿を瞼に焼き付けながら、その中心に佇んでいる一人の女性に目線を向けていた。血に塗れて沢山の命を喰ってしまった鋼鉄の花嫁は第一王子ラグセスを抱え、壊れゆく世界の光景を楽しむように微笑んでいる。

「兄様」

奪われたラグセスを取り戻す為、騎士として敵を打つ覚悟を掲げていたミハエルは、鋼鉄の花嫁に怒りの視線を向けた。怒号を鳴らすように大声で彼女の名前を叫び、馬ごと突っ込んでいく。彼を中心として作られたロウゲイツ帝国が誇るバラ騎士団。ツワモノで集められた騎士団はどんな国さえも滅ぼす力を隠し持っているとされていた。自分が鍛え、まとめ上げたバラ騎士達は一人の女性によって殲滅されてしまったのだ。

「サイレンス・メルゲル!! 貴様ァァァ」

「野蛮だ事、見苦しいわねバラ騎士団団長ーーいえ、ロウゲイツ帝国第二王子ミハエル・ガスタ」

サイレンスの噂は知っていたが、ここまでの存在だとは思わなかった。ミハエルは噂を切り捨て、一人の女性には何も出来ないと結論を下した。それがこの結末を引き寄せてしまったのだ。

自分の力で彼女を仕留める事は難しいだろう。しかしラグセスを取り戻す必要があった。この国の直系の血筋を持つ存在を失う訳にはいかない。本来なら第二王子として過ごせただろう。ミハエルの出生が原因で迫害されていたのだ。

父は病に倒れ、これからラグセスを中心にこの国は強大になっていく。そう願っていたのに、現実は違った。

「貴方と遊ぶつもりはないの。彼は私の為に生きてもらうわ。この国は時期滅びる。その結末は貴方でも変える事が出来ないのだから」

高らかにロウゲイツ帝国の未来を掲げあげると「ふふふ」と雲に巻かれ消えていく。どれだけ急いでも辿り着く事のないミハエルの願いは彼女の笑い声を残し、崩壊していった。

あの時の光景を忘れた事はなかった。ミハエルは自分の立場を隠し、敵国ゲルツシュタイン帝国へと入り込み、裏の世界へと沈んでいった。闇に染まる事でしか今の騎士団長としての立場を手にする事が出来なかったミハエルは、全ての過去を捨て去って、今の生活を手にしたのだ。

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